松本市の歯科医院|とどろき歯科医院 院長紹介

院長紹介

院長 轟 紀五(とどろき のりゆき)

当医院のホームページにお越しいただき、ありがとうございます。
とどろき歯科医院は昭和37年に開業し、平成17年に今の場所に移転し診療しています。
私どもは地域のかかりつけ医として、昔から通院していただけている方、新しく予防と治療を目的として来院していただいた方などに支持していただいています。
これからも皆様に愛される歯科医院であり続けるようにスタッフ一同、笑顔でお迎えいたします。

経歴:
平成3年3月  鶴見大学歯学部卒業
平成3年4月  東京医科歯科大学
            研修医として 総合診断部入局
平成5年4月  総合診断部医局員
平成6年3月   退局
平成7年4月  医療法人秀睦会 榎本歯科入社
平成9年4月  榎本歯科退職
その間3件の歯科医院を非常勤勤務
平成10年4月 轟歯科医院勤務  
平成17年3月 とどろき歯科医院 院長就任

所属団体:
日本口腔インプラント学会
スタディーグループ木曜会
日本歯科医師会

主な修了研修:
インプラント100時間コース(愛知インプラントセンター) 修了
インプラント補綴学コース 修了
アストラインプラントコース 修了
アンキロスインプラントコース 修了
バイコンインプラントコース 修了
プラトンインプラントアドバンスコース 修了
ゴアテックインブレンコース 修了


<<院長プロフィール>>

■子供のころ
僕は、昭和41年2月11日昔の旧松本国立病医院で生まれました。
私の父(総院長)は仕事人間であり昔は歯科医院の数が少なかったこともあり朝早くから夜遅くまで診療していて、あまり一緒に遊んでもらった記憶は少ないです。ただお昼休みに診察室よく遊びにいって、そのついでに衛生士さんにフッ素を塗布してもらっていました。今で言うPMTC &フッ素の先走りです。
おかげで3人兄弟の中でも子供の時は虫歯がほとんどなくてすみました。小さいころの僕は、母の言い付けを守もらず、おもちゃのピストルをもって、走り回っていたやんちゃ坊主でした。


■小、中学生の時小学校時代の私は2月生まれということもあり背がクラスで6年間ずっと一番小さかったですが(一度でいいから前にならえ時に手を伸ばしてみたかったのですが・・・・)、元気はよく暗くなるまで校庭で野球をしたりかくれんぼしたりして帰るという生活をしていました。今の子供は集団下校で自由に遊べないのはかわいそうに感じます。
中学生の時は、剣道部に所属していましたが寒さと痛さに弱く細々と続けていました。勉強もそれほど熱心にはしていなかったのでいつも優秀だった姉と比較されお説教を受けていた気がします。あの頃の先生方は厳しくて、ちょくちょく愛の鞭が飛んできた事を懐かしく思います。しかし悪いことをした時にしっかり叱っていただいたことは今では感謝しています。あの頃お叱りを受けた先生が、患者様として、僕の仕事場に来て下さることを本当にうれしく思います。

■高校生
高校受験は一度失敗し1年間中学浪人という貴重な経験をしてからの入学となったため、すこし冷めた高校生活で大学にいくためのステップという感じでした。今思うともったいないことをしていたなとかんじます。

■大学時代
大学は必然と(?)歯科大学しか、選択肢がなく、嫌々入学しました。しかし、横浜という都会での初めての一人暮らしは大変でもありましたが非常に多くの出会いがありました。しかし、朝の苦手な僕にとっては、朝起きることから戦いでした。このとき毎朝起してくれた親友となる同級生たちに助けられました。また素晴らしい先輩と知り合え充実した6年間を送ることができました。厳しい父親の方針で遊ぶお金は自分で稼げということで、引っ越しの手伝い・塾の先生などいろいろなアルバイトを経験できました。いまでは、このような経験ができた事に感謝です。このような経験で、お金の大切さ、そして、稼ぐ大変さを経験できたことは自分の成長に大きく役立ちました。
大学時代は高校時代のインドアの生活を反省し、テニスサークルに入りました。(本当は自動車部が希望でしたがありませんでしたが残念ながらありませんでした)
その時誘っていただいた先輩にはいまでもお付き合いしていただけるぐらい仲の良いサークルでした。
テニスはあまり上達しませんでしたが、たまたまキャプテンとなってしまい、40人以上のメンバーを統率するという貴重な経験ができました。このときも分かったことは、チームは1人では動かせない、皆の協力なく成り立たないということ学びました。これは歯科医院でもまったく同じことがいえます。よってとどろき歯科医院ではスタッフ一同チームとして頑張っています。

■研修医の時代
卒業後は、東京医科歯科大学に研修医として黒崎 紀正教授の総合診断部に入局し2年間の研修を行いました。
このときも学生気分が抜けない僕たちをたくさんの先輩がたにご指導いただき、本当に感謝しています。
その後1年間のお礼奉公として医局に残り、1年間大学病院での初診係をしました。ここでは、1日に何十人と言う方たちの主訴、希望を聞くという素晴らし経験ができましたことを感謝しています。

■勤務医時代
その後、大学時代の先輩のご紹介により東京の新富町の榎本歯科医院に勤務することができました。
榎本歯科医院は患者様が黒塗りの運転手つきの方が沢山来院しているという、由緒ある医院でした。
ここで榎本 貞司先生に患者様への対応や歯科技術など沢山の教えを授かりました。
榎本先生の患者様への接し方は、大学病病院の時と正反対というくらい丁寧でやさしく、本当にそれまでの患者様への自分の対応に大反省しました。
また総入れ歯の大家である、榎本先生からじきじきに技術指導していただきかなりの難症例にも対応できるようになったのは大きな財産です。
また歯科医師としての技術だけでなく院長としてのリーダー観もいろいろと教えていただけて、言葉では言い表せないくらい感謝しております。

その後、数件の歯科医院で非常勤勤務しながら将来の自分の医院の方向性、インプラントの技術など学ばせて頂きました。

■松本に帰ってきて
平成11年に松本に戻り父と一緒に診療を始めました。
父にも保険診療のことや歯科技術や歯科医師会のことなどいろいろと教えてもらえた事に感謝しています。
東京での経験と、故郷松本での経験を重ねることにより今の自分の診療スタイルが完成したと考えています。
それから5年後、患者様により分かりやすい説明のため院内のデジタル化を目的として、移転リニューアルしました。
この設備投資は僕にとっては、清水の舞台から飛び降りる位の覚悟がいる決断でした。
おかげさまで患者様からは、ビジュアル的な説明は分かりやすいと好評いただいております。

リニューアル時の基本コンセプトは、
「患者様に分かりやすい説明する歯科医院」
「リラックスできる怖くない歯科医院」
「治療より予防を重視した歯科医院」
というものでした。

これからも皆様にお口の健康を通して、豊かで実りある幸せな人生を歩むお手伝いをスタッフと一丸となり、していきたいと思います。

そして、皆様の素敵な笑顔を増やせるように頑張りたいです。
最後にホームページを立ち上げるにあたり沢山の労力と協力をしていただいたイーオフィスの中林様をはじめ、スタッフ、業者様、そして家内に感謝いたします。

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